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    2011

06.21

私たちのこと その4。

真鶴で夢中になって遊んだしりとり、
それが会社名「シリトリア」の由来となるのですが、
それはもっと後のお話。
その前に、4人の会を「しりとり会」と命名しました。

その後数年、しりとり会の4人にはそれぞれ転機が訪れます。

A子は両親の家を出て一人暮らしをスタート。
R子は大手建設会社を辞め、フリーライターを目指し、
編集プロダクションに入社。
M子は大手電機メーカーを退職し、ある技術を身につけるべく
小売店に転職。
S子はパートナーと2人でスペイン留学を企てます。

年頃の女子4人、恋愛関係もそれぞれ華やかな展開がありましたが、
それは…また別の機会に。

1987年夏、S子こと私は会社を辞め、
ささやかな退職金やら預貯金やらを総動員して
2年間目標のスペイン生活を始めました。

1988年9月、しりとり会の3人がはるばるバルセロナを訪れ、
私たちは感動の再会を果たします。

オリーブオイルのしたたる固いサンドイッチをかばんに詰め、
南フランスからコスタブラバを列車で旅した私たち。
コンパートメントの中で恋愛相談したり、
阿修羅のようにおみやげを買いに走ったり、
一生忘れられない数日間を過ごしました。

旅の途中で見た新聞に「日本の天皇陛下が吐血で重体」の
記事をみつけたことも忘れられません。

私は翌89年夏、楽しかった思い出でスーツケースをいっぱいにして
日本に帰りました。

空港では見送ってくれたスペインの友達と大泣きの別れをしましたが、
日本でまたしりとりメンバーに会えることがそれはそれはうれしくて
ぴょんぴょん跳ぶように帰途についたものでした。(つづく)
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    2011

06.02

私たちのこと その3

例会と称し、雑誌で話題のお店を探しては、月に1回ペースで私たちは会った。
たくさん食べ、おしゃべりする。社内広報の編集者ってこともあったかな。
私が私が…と自分の話ばっかりする人は一人もなく、相手の話を面白がり、いっぱい質問をし、
つっこみを入れる。
抑制のきいた、だけど闊達な会話がとても居心地よかった。

4人のうち、一人がやっと結婚したばかり。まだまだ気楽で自由である。
「ね、みんなで旅行行こうよ」
当然のように話が盛り上がる。

で、行き先は、真鶴…。
なんで真鶴だったんだろう。
温泉も、スキーも、その後いろんなところに4人で出かける。
が、記念すべき最初の旅行は、夏の終わりの真鶴だった。

志賀直哉なんかの小説に出てきそうな、東海道線のレトロな駅のホームで写真を撮ったことを
おぼろげながら覚えている。

4人のうちの、誰かの会社の保養施設だったのかな。
都内で会うのと同じ。たくさん食べてしゃべって、遊んだ。

遊んだ…そうなんだ、今では集まっても絶対やらない、ゲームをしたのだ。
「しりとり」。しかも必ず人名でつないでいく「しりとり」に、私たちは夢中になった。
(つづく)

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